みのもんたの嫁は病気でも献身的に夫を支える内助の功!その驚愕の内容とは?

みのもんたさんの嫁、御法川靖子さんは病気によってこの世を旅立たれています。

生前は病気にめげることなく、タイトルにある通り、献身的に夫を支え続けてきました。

内容を見ていくと、本当に凄い器の広い人というか、献身的すぎる程の内容で、私にとっては驚くばかり。

みのもんたさんが長い間第一線でご活躍なさった裏には、奥様のサポートがあってこそのものだったんだなぁ~と感心してしまいました。

是非その素晴らしい献身ぶりをご覧いただきたいなと思います!

みのもんたの嫁の病気について

みのもんたさんの嫁である御法川靖子さんは2012年5月22日、66歳という若さで天国へ旅立ちました。

その原因となったは「がん」でございます。

亡くなる3~4年前に皮膚がんを発症し、症状が皮膚だけに留まらず、骨にまで転移。

がんの病に侵されている最愛の妻が動けるうちにと、最後の旅行でニューヨークに出かけた際、事件が起こってしまいます。

渡米7日後に鼻血が出てしまい、やむを得ず妻を連れて緊急帰国する事態に。

受診結果は、小脳までもがんに侵されていたと。

せっかくの旅行が、がんの深刻な進行によって阻まれたのです。

そんなみのもんたさんの妻、御法川靖子さんは、病気になっても決して夫のサポートを欠かすことはなかったのでした。

みのもんたの嫁の献身的なサポート内容とは?

御法川靖子さんについて、こんなエピソードがございました。

靖子さんは亡くなる間際に翌月半ば分までの、みのの衣装を靴下まで全て調えていたという。かつての名司会者へと導いた妻のサポートは計り知れない。生涯、みのに尽くした靖子さんは悔いのない人生を歩んだのだろう。

https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_199998830/?p=2

病気になって身体がボロボロの状態でも、決して夫のサポート欠かすことなく、生涯を終える。

本当に愛するというのはこういう事を言うのだろうなとこの文章を読んで胸が熱くなりました。

また、これ以外にもこんな風に夫をサポートしていたと言います。

  • 結婚後は夫のスタイリストを務めていた。
  • 不倫疑惑を報じられた際は、本人を叱るだけでなく、迷惑をかけたテレビ局へ一緒にお詫び行脚して回った。

ちなみに、スタイリストとして夫をサポートしていたとありますが、毎朝3時に起きて衣装を渡すのが日課であったようです。

こうした靖子さんの献身的なサポートについてみのもんたさんは「こうして僕があるのも妻のおかげ」と周囲に語っていたとのことでした。

みのもんた、嫁との馴れ初めについて

嫁さんとの馴れ初めについてはこのような感じです。

  • 大学時代に放送研究会で知り合った後輩である靖子さん。
  • 交際8年の時を経て、1970年に結婚。
  • みのもんたの「アナウンサー」という職業に対して、嫁である靖子さんのご両親の結婚への許可がなかなか下りなかった。

こうした馴れ初めから、紆余曲折あった生涯を送られました。

嫁の愛情をたっぷりと受けたみのもんたさんは、靖子さんが無くなった時に「別れたくない」とおっしゃっていたのがとても印象的です。

みのもんたさん自身も奥様を心底愛していたのだと伝わるエピソードがあります。

  • 七回忌を終えたのを機に、納骨しようと決心した。
  • 生前残したぬか床をいまでも毎日手入れし、酒のつまみの野菜スティックを作るのに使っている

まとめ

みのもんた嫁はがんであったが、身体がボロボロの状態でも献身的なサポート怠らなかった。そのエピソードがコチラ。

  • 亡くなる間際に翌月半ば分までの、みのの衣装を靴下まで全て調えていた。

他にもこうしたサポートも行っていた。

  • 結婚後は夫のスタイリストを務めていた。
  • 不倫疑惑を報じられた際は、本人を叱るだけでなく、迷惑をかけたテレビ局へ一緒にお詫び行脚して回った。

馴れ初めについて

  • 8年の交際を経て、1970年に結婚。

みのもんたさんの嫁である靖子さんが天国へと旅立った原因が”がん”とありますが、鎌倉の豪邸に家を建てたのも原因の一つではと噂があります。

詳細はこちらになりますので、是非ご覧になってみてください。

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